2006年の8月、とっくに現役の舞台から引退していた彼女の訃報に接した時、「けっこう長生きされたんだなぁ」と半分驚いた方も多かったのでは?お若いクラシックファンの方には、フルトヴェングラーやクレンペラーとの録音から、往年も往年の名歌手というイメージがあるかと思います。
引退はもう四半世紀以上前の1979年。当時彼女は64歳。これは声楽家にとって、決して遅い引退時期とは申せませんが、ステージを去るギリギリまで美声を保ったシュワルツコップは、運に恵まれがらも常に努力を欠かさなかった人なのでしょう。引退後は教師として、現在のオペラ界で人気の中堅歌手を多数育成しました。
そうした弟子のひとりに、ルネ・フレミングが居りますが、シュワルツコップの真摯な指導についてこう述べています。
たった二音歌ったところで、シュヴァルツコップがさっと手をふって止める。『だめ、そうじゃないわ』。
もう一度その二音を歌おうと試みるが、彼女は再び手を振る。『どうしてわからないの。もう一度!』
ずいぶんと厳しい指導です。しかし、フレミングがシュヴァルツコップの声に感じていたのは・・・
彼女が私を止めて自分で歌ってみせると私は『ああ、すごい、これだわ!この声!あの銀色の響き!』
という掛け値なしの賛嘆の思い。師としてのシュヴァルツコップがフレミングに − そして、おそらく他の弟子たちにも − に言い続けたのは、
自分が作る響きに責任をもちなさい。音のクオリティ、美しい響きかどうか。
という言葉でした。これは、彼女が自らを律するために、自分自身に言い聞かせていた言葉でもあったと思います。彼女の引退時期は、そのクオリティが保たるギリギリの良い時期を見計らったのかも知れません。(上述引用部、自伝『ルネ・フレミング 魂の声』p.84-87)
残された数少ないオペラ映像、リヒャルト・シュトラウス作曲『ばらの騎士』の中で演じる伯爵夫人の歌い方には、彼女の「銀色の声」が存分に発揮されています。劇中で実際に銀のバラが使われるこの作品。そのバラを手配した当の伯爵夫人マルシャリンを歌う人物として、シュワルツコップ以上に似つかわしい歌手はいないでしょう。
その映像は、カラヤン指揮ウィーンフィルと共演したザルツブルク音楽祭での録音。舞台そのものではなく、実演時の音声にあとで映画仕立てに映像をつけ加えたものですが、その中での彼女の表情は、持ち前の美しさ以上に、演技者としての卓抜した能力を示しています。この映像は勿論、数々のEMIの録音に、今もってシュワルツコップを楽しめるのは、夫にしてEMIの名プロデューサーでもあったウォルター・レッグのおかげでもありました。レッグとの結婚は、努力が存分に報いられる幸せを彼女にもたらしたと言えるでしょう。
カラヤンの売り出しにも多大な貢献をなしたワルター・レッグ。初めてシュワルツコップをオーディションに掛けた際、カラヤンもそこに同席して居りましたが、レッグがシュワルツコップに課すあまりに厳しい要求に、端で見ていたカラヤンがさすがに辟易したというエピソードがよく知られて居ります。
晩年にさしかかったカラヤンが新たな『ばらの騎士』の録画を完成した時、「これではじめて、私の思い通りの『ばらの騎士』を残すことができた」と述べたそうです。たまたま放送でそれを見てしまったシュヴァルツコップは即座にTVのスイッチを切ったとのこと。これが、生涯追求したクォリティ判断から出た動作なのか、嫉妬やなにかが心に芽生えたものなのか、ここでは敢えて何もいわずにおきましょう。しかし、ご覧になった方のお答えはきっと同じものかと思っております。
シュワルツコップの多数の録音から、まずはこういった名録音から・・・と下に選んでみました。ここからまた一つに絞るのであれば、カラヤン指揮 R.シュトラウスの《ばらの騎士》のCDかDVDないしは、名唱を集めた《The Very Best of Elisabeth Scuwarzkopf》でしょうか。後者をガイドの様に用いて、気に入った曲の全曲盤をお探しになるのも一案。その際には、Amazon.co.jpでのクラシック音楽のお探し物に便利なLook4Wieck.comの検索機能をご活用下さい。
CDは5タイトルに絞るのが、弊サイトの名演奏家PickUp!のルールですが、今回は特例で今ひとつ!若き日のW.サヴァリッシュが指揮したR.シュトラウス最後のオペラ《カプリッチョ》。シュヴァルツコップは、詩人と音楽家の間で恋にゆれるヒロイン 伯爵夫人マドレーヌを演じて居ります。なかなか顧みられることがない録音ですが、ご興味あれば。
TIMES online Dame Elisabeth Schwarzkopf:
夫のワルター・レッグと共に長く過ごしたイギリスのTIMES onlineの記事です。2頁の英文ですが、逸話もうまくちりばめられ、一番おすすめの内容です。有名になる以前の出来事、またワルター・レッグとの仕事ぶりにも詳しいです。
BBC News Obituary: Elisabeth Schwarzkopf :
こちらもイギリスはBBC Newsのウェブサイトの追悼記事。逸話はありませんが、生涯が簡潔にまとまっています。
Washingtonpost.com The Plaintive Last Song of Elisabeth Schwarzkopf:
こちらはアメリカのワシントンポストの記事。書き手は、ティム・ページ Tim Page。グレン・グールドとの対談などの書き手でご存知の方も多いと思います。長い文章ではありませんが、LPレコード録音が隆盛となった時代論、シュワルツコップの評価の変遷などもちりばめられて、大変面白い内容です。ぜひご一読を!
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