名ソプラノ ビルギット・ニルソンの自伝『ビルギット・ニルソン オペラに捧げた生涯』は、読んで楽しく、ためになる名著です!
ニルソンの名前もちょっと懐かしくなりましたが、CDにせよ、DVDにせよ、それこそYouTubeのちょっとした映像にせよ、歌手の善し悪しなんてよく判らずとも、聴いた途端にその凄さ・素晴らしさに圧倒される希有な歌手。
キルステン・フラグスタートの再来と称されたのも、まことにその通りというもので、私も録音で知るのみながら、こんなに自然に圧倒されたのは、やはり、ニルソンとフラグスタートくらいなものです。
そんな名歌手の自伝で、2008年に漸く邦訳がでたのが本著。ニルソンの生国スウェーデンでは、ユーモリスト大賞もとっております。オペラや歌手に特別に興味がなくとも、気晴らしにページを開いて、面白くてとまらない著作です。
その筆致は、悠然として迫らず、ウィットに溢れながらも堂々としたものですが、これはニルソンのごく自然な普段の態度でもあった様子。冒頭に共演の多い指揮者の一人ゲオルグ・ショルティがはしがきを寄せておりますが、
音楽上の悩みや個人的な問題で苦しいときもあったはずですが、君の献身的な崇拝者である我々でさえ、一度としてそんな気配に気づくことはありませんでした。そのことは、君の長く驚異的なキャリアとともに、大きな謎です。
という言葉があります。兎角切羽詰まると嫌な表情を作りがちなものですが、このニルソンの姿勢は見習いたいものであります。
自伝『ビルギット・ニルソン オペラに捧げた生涯』 目次&内容紹介
前書きに、自伝を書いた動機を語るニルソンがまた笑ってしまします。自伝を書くつもりで、内輪の恥をさらけ出すものがなんと多いことか、わたしはそんなもの書きたくないと長らく拒否して来たというニルソン。そんな心持ちが変わったのは、、、
ここでは詳しく説明したくないさまざまな理由がありますが、一つには、仕事を引退して、この先どうしようと途方に暮れていたところだったから。
第二に、自己批判能力が低下したのは、ますます耄碌したせいだと言い訳ができるから。
第三に、いつの日か、どこかのいい加減な物書きが、歌手ニルソンについてでらめなことを書くのを防ぎたかったから。
最後に、歌手として四〇年の長い歩みから、いくらかでも興味深い話を読者にお伝えできればいいと思ったから。
とのこと、さてその目次は以下の通り。イタリックは私の書いた内容補足説明です。
- はしがき (ゲオルク・ショルティ)
- はじめに (著者自身)
- 1 メトロポリタン・デビュー …p.1
- 2 女の子が生まれたとき …p.23
- スウェーデンで育った幼少期を語ります。
- 3 ストックホルム王立音楽学校とオペラ学校 …p.45
- 周囲の期待とは裏腹に伸び悩んだ学生時代。決して恵まれなかった学生時代の指導の様子。
- 4 ストックホルム王立歌劇場 …p.77
- 第1幕 アガーテとレディ・マクベス
- 第2幕 マルシャリン(注:R.シュトラウス『ばらの騎士』のヒロインの一人)
- 第3幕 トスカ、アイーダ、エリザベート(注:エリザベートはワグナー『タンホイザー』の登場人物)
- 第4幕 サロメ
- 第5幕 プリモ・フィナーレ
- 1940年代半ば〜およそ1960年頃までの地元での活躍の様子。客演指揮者フリッツ・ブッシュ、クナッパーツブッシュ、フリッチャイ、ベーム等々、共演したジーリやビョルリンクらとのエピソード。
- 5 偉大なるルドルフ・ビング …p.163
- 当時のメトロポリタン歌劇場の名物支配人のエピソードをメインに、テノールのコレッリや、指揮者カラヤンとのエピソード(殆どバトルです)。
- 6 ウィーン 我が夢の街 …p.189
- 第1幕 夢心地で
- 第2幕 クレッシェンド・マ・ノン・トロッポ
- 第3幕 感傷的に
- ウィーン国立歌劇場での活躍ぶり。指揮者カラヤンのリハーサルその他に関するいささか厳しい報告もメインの内容です。その他、登場人物は、ベーム、バーンスタイン、アメリカ人のテノール ジェス・トマス、女性歌手ではレオニー・リザネクほか
- 7 バイロイト …p.257
- バイロイト音楽祭での活躍。ヴィーラントとヴォルフガング・ワーグナー兄弟、指揮者サヴァリッシュ、ケンペ、ブレーズ、歌手アストリッド・ヴァルナイ、ハンス・ホッターとのエピソード。
- 8 ブエノスアイレス …p.329
- ブエノスアイレス、コロンヌ劇場での活躍。滞在時の仕事以外の珍事。歌手モンセラート・カバリエとの思い出ばなし。
- 9 .ハイCとの戦い …p.345
- テノールのフランコ・コレッリとのハイC競争ほかのエピソード。
- 10 美しきイタリア …p.357
- ミラノ・スカラ座ほかイタリアでの活躍。ベームやロジンスキー、ヴィントガッセンの思い出、再び指揮者カラヤンとのエピソード。
- 11 ファンとストーカーと専門家 …p.387
- 12 レコード録音 …p.409
- レコード録音について、および、自らのレコード録音のエピソード。指揮者クレンペラー、クナッパーツブッシュ、EMIの辣腕プロデュサー レッグ、歌手テバルディ、ロンドンらとのエピソード。
- 13 ベッティル、私の崇拝者 No.1…p.443
- 最後に登場するのは・・・
- 訳者あとがき
- 増補改訂版によせて
- 巻末 索引(人名+作品名) / 略年譜 / 作曲家別ディスコグラフィー
ご覧の通り、歌手の生活だけでなく、舞台演出や録音の問題についても興味深い記述が多く、オペラ作品、歌手、指揮者案内にも役に立つ書物。
ちまたには『名盤何○○選』といった書物も多く、確かに簡便ではありますが、こういった名パフォーマーの良質の伝記を通じて、のんびりと聞いて行くものを増やして行く・・・その方が良いことかなとわたしは考えております。
ニルソンが八方美人の感想でなく、自らの見識で意見を毅然と書いている姿勢がまた素晴らしいもの。
気軽によめて、ためになる書籍はやはりそうそう滅多にあるものではありません。皆様もぜひ、自伝『ビルギット・ニルソン オペラに捧げた生涯』で楽しいお時間をお過ごしください!
ビルギット・ニルソンおすすめ名盤 CD&DVD
恒例になっておりますが、名著紹介に併せての名盤ご案内です!
伝記にはニルソンと同時期の名歌手との思い出も多く語られて居りますので、こちらのDVDからご覧になってはいかがでしょうか?米国のTV番組 Bell Telephone Hourに出て来て、多くの歌手が得意のアリアを披露します。
現在vol.1〜3の三巻が発売されて居り、一巻の長さはおよそ2時間。ニルソンはvol.2で一番長く登場しますが、vol.1でもvol.3でも登場致します。
・輸入盤DVD Great Stars of Opera vol.1
・輸入盤DVD Great Stars of Opera vol.2
・輸入盤DVD Great Stars of Opera vol.3
上の伝記をご覧になる時に手元にあれば、歌手の登場人物ならば大概は出てくるので、親近感も増してくるかと思います。これら三巻それぞれの出演歌手と曲目については、発売元VAIのGreat Stars of Opera紹介ページをご覧下さい。
その他、ニルソン出演の映像者では、
・輸入盤DVD The Golden Ring - The Making of Solti’s “Ring”
伝記中でも録音の様子など、長く触れられているショルティ指揮 Deccaの《ニーベルングの指輪》のメイキングの風景を映したBBC製作のドキュメントです。
およそ90分のドキュメントに、ハイライトが約80分。
史上初のワーグナーの指輪の完全録音がどのようにして行われたか、その舞台裏や録音風景が映し出されて居り、ニルソンの自伝の中での記述を思い起こしながらですと、楽しさも倍になるものと思います。
CDはもう録音は多数におよび名演は多いのですが、敢えて一つに絞るのであれば、
・カール・ベーム指揮 ニルソン、ヴントガッセンほか ワーグナー:楽劇《トリスタンとイゾルデ》
ニルソンの名唱も十二分に堪能できる素晴らしい録音です。自伝の中では、指揮者ベームの指揮についてこんな言葉があります。
多くの、正確には33人の優れた《トリスタン》指揮者と歌ってきた。なかでもカール・ベームの音楽解釈に及ぶ人は誰もいないと断言できる。それは初めから終わりまで、まるで一つの愛の告白であった。
前掲書 P.108
既に対訳本などお持ちの方には、同じ録音のお買い得な輸入盤
・輸入盤 カール・ベーム指揮 ニルソン、ヴントガッセンほか ワーグナー:楽劇《トリスタンとイゾルデ》
をどうぞ。
ニルソンの自伝の巻末には、詳細なディスコグラフィーもございます。ニルソンのさまざまな名録音をお探しになる時には、ぜひLook4Wieck.comの検索機能をご活用ください。
>>ビルギット・ニルソンのディスクを探す(Look4Wieck.comの検索機能に移動します。)
では!