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エフゲニー・ムラヴィンスキー :: Evgeny Mravinsky

エフゲニー・ムラヴィンスキー :: Evgeny Mravinsky
生没年 生年 1903年6月4日 ロシア、サンクト・ペテルブルク(ソ連時代のレニングラード。当時のユリウス暦で5月22日)
1988年1月9日 ロシア、サンクト・ペテルブルク
文化圏 ロシア
専門 指揮者

ロシアの指揮者と言えば、いまでも筆頭に挙がるエフゲニー・ムラヴィンスキー。革命ですっかり没落した家庭を助け、若き日は、音楽院に通うかたわら、マリインスキー劇場で薄給を受け取って研鑽を積んだ苦労の人です。そのキャリアの転機は、1938年モスクワで開催された全国指揮者コンクール。みごとに1位となって一躍脚光を浴び、同年直ちにレニングラード・フィルハーモニー(現サンクト・ペテルブルグ・フィルハーモニー)の正指揮者に抜擢。病に倒れる最晩年まで同楽団を率いました。

スヴャトスラフ・リヒテルの回想の文章があります。

ムラヴィンスキーは疑いもなくわが国最良の指揮者であり、その事実は三〇年代末にモスクワで行われた指揮者コンクールの直後に決定してしまった。彼の振ったリストの<<前奏曲>>を覚えている。そのあとでは、ほかのコンクール参加者全員がくやし涙にくれたものだった
ブリューノ・モンサンジョン著『リヒテル』筑摩書房 p.255

「鉄のカーテン」という政治用語が死語になってから、漸く四半世紀が立とうとしています。この「鉄のカーテン」の象徴であった、ベルリンはブランデンブルク門両翼の壁が取り払われて、世界は急速に変化しました。未だ一部の制約はあるものの、現在は、政治主義による壁を越えて人々が自由に他国と行き来出来るようになっています。こんなことを申し上げても、お若い方にはピンと来ない方が多いことでしょう。

この自由がいかに夢のようであったか・・・そういったことに関する一番身近な象徴が、日本人のクラシック音楽ファンにとっては、ムラヴィンスキー率いるレニングラード・フィルハーモニー来日時の衝撃でした。

当時ソヴィエト連邦最高の音楽家の一人であったムラヴィンスキーの初来日の交渉は難航を極めます。レニングラードフィルの来日は、1958年に実現しましたが、このオーケストラと切っても切り話せない首席指揮者ムラヴィンスキーについては、1970年の万博での来日予定が頓挫。3年後の1973年にしてようやく、彼のすらりとした、気品と気骨に溢れる風貌が、日本の愛好家の目の前に現れたのでした。

その時のファンの熱狂ぶりは、DVDに収録されたニュース映像から、いまなお人々が血相を変えて飛び出して来るのでは、と思わず身構えてしまうほど強烈さで伝わって来ます。それほど前評判の高かった彼の指揮する演奏は、期待をさらにうわまわる驚愕をもって聴衆に受け止められました。彼が初演のタクトをとったことで有名なショスタコーヴィチの交響曲第5番は勿論、ベートーヴェンの交響曲第4番の演奏がテレビで放映された際、解説を担当した評論家 大木正興氏が「これは驚くべき演奏であります」と絶叫したというエピソードも残っております。

以後、彼は75年、77年、79年とたて続けに来日してファンを喜ばせましたが、81年に予定されていた来日は突如の中止。前回の79年来日時、レニングラード・フィルの若い男女が亡命したことが仇となり、その監督責任を理由にソヴィエト共産党幹部が来日ビザを発行しなかったための中止でした。

飛行機嫌いで、一度の例外を除き来日のたび団員とは離れシベリア鉄道と海路でのんびり日本にやって来たムラヴィンスキー。すっかり好物となった天ぷらだけでなく、日本と日本人をも心底愛してくれた音楽家だっただけに、81年の来日中止を今でも残念に思っているファンも多いことでしょう。死の前年まで指揮台に登ったムラヴィンスキーですが、日本公演の機会は79年を最後に再び訪れることはありませんでした。

その妥協のない徹底したリハーサルは、今日DVDやCDで容易に入手出来るようになり、彼のタクトが生み出した緊張感あふれる演奏の舞台裏を知ることが可能となっております。その毅然とした態度は、音楽に関することのみならず、ユダヤ人排斥の動きから団員を守るといった音楽を超えた事柄にあっても変わることはありませんでした。音声や映像からではそのようなことは伺い知れませんが、幸い書籍その他でそういった情報も入手できる現在です。

なにかと怖い「厳父」としてだけでなく、レニングラード・フィルにとっては、強くて優しい「お父さん」でもあったムラヴィンスキー。彼の演奏を聴く時に、その人生も思い起こせば、また違ったなにかが聴こえてくるかも知れません。



L4W PickUp!

峻厳という言葉が似合うムラヴィンスキー。著名なチャイコフスキーやショスタコーヴィッチの交響曲の録音は勿論、他にも数々の作曲家の演奏が手に入りやすくなっている現在です。金管を中心とした荒々しい響きだけでなく、イメージからは意外とも思える悲しげな不安とでもいった美しい弦の響きや歌もあり。時に「風変わり」とも思える表現だって、ムラヴィンスキーらしさと言って良いでしょうか。その多様性がつかめるように、なんとか最初はこれでは如何?というおすすめを選んでみました。

リリースされては在庫切れ/廃盤が多いムラヴィンスキー。中古価格が高いときは無理せずに、あるものを揃えて、再発売を待つのが良策です。



CD PickUp!




DVD PickUp!




書籍 PickUp!


関連サイト

サンクト・ペテルブルク・フィルハーモニー公式 Website内の楽団史
半世紀にわたってムラヴィンスキーが率いたサンクト・ペテルブルグ・フィルハーモニー(当時はレニングラード・フィルハーモニー)の楽団の歴史を綴った英語のページ。

ムラヴィンスキー協会(?) http://www.mravinsky.org/:
ムラヴィンスキー協会(?) というのでしょうか。一年ごとの詳細な伝記に豊富な写真と、大変面白そうなwebsiteですが・・・ロシア語ページのみ!Googleの言語ツールなどをご活用くださいませ。

エフゲニー・ムラヴィンスキー その思い出と記録。そして雑感。:
日本の愛好家のwebsite。来日公演記録やディスコグラフィーなど大変充実した内容です。来日時の思い出など、当時の記憶を思い起こされる方も多いころでしょう。お若いファンにも当時の熱気が伝わる貴重な記述です。

反形式主義的ショスタコーヴィチ研究会 ムラヴィンスキー:
日本の愛好家のwebsiteからもう一つ。ショスタコーヴィチの伝記やおすすめ名盤紹介で著名な反形式主義的ショスタコーヴィチ研究会の中のムラヴィンスキーのページ。ムラヴィンスキーよるショスタコーヴィチの録音が簡潔にして、熱く紹介されております。

ロシアのピアニスト ニコライ・ルガンスキーのwebsite内 Evgeny Mravinsky 1903-1988:
再び英語のwebsiteですが、ロシアの若手ピアニスト ニコライ・ルガンスキーのwebsite内の、ムラヴィンスキー特設ページ。ルガンスキーがなにか語っているものは見つかりませんが、リンク集のようになっております。
そのリンクにある指揮者クルト・ザンデルリンクのインタビューがもっとも面白いものでしょうか。ザンデルリンクから見た、ショスタコーヴィチとムラヴィンスキーの関係やムラヴィンスキーの指揮の印象などが率直に語られています。


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