バックハウスを聞く時の安心感は、小手先の詐術を用いず、曲の骨格を押さえるところにあるのでしょう。自分を表現するより、曲を第一に考えるアプローチと言い換えても良いと思います。
では、淡々と弾いているだけなのかと問えば、晩年の録音でもそうは言い難いものです。ましてや、近年発売されている青年期・壮年期の録音を聴けば尚のこと。年を追って、派手なデュナーミクの変化やルバートが減っていったのは確かですが、旋律の中に埋め込まれた和音の変化、テーマの推移、そういったものをきちっと捉えて、演奏に表す・・・こういった姿勢には変化がないと感じます。そう考えれば、「淡々と弾く」などではなく、むしろ、楽譜にこめられた意味をより豊かに表現していると考えるべきかと思います。
バックハウスは、ドイツのライプチヒに生まれ。6歳にしてピアノを始めました。10歳から、同地の名門ライプチヒ音楽院 ― 1843年にF.メンデルスゾーンが創設 ― に学び、卒業後はリストの弟子ダルベール(Eugen d’Albert)に師事。15歳にして初めてのソロ・リサイタルを開いたと言います。
その後は、若くしてニキシュやハンス・リヒターなど当時の大指揮者との競演もこなし、1905年の第三回アントン・ルービンシュタイン・コンクールで優勝。この時、2位となったベラ・バルトークが、ピアニストの道を諦め、作曲家として身を立てようと決意したのは有名なエピソードです。
1931年からはスイスのルガーノに居を構え、晩年に至るまで「生涯現役」として、世界各地で演奏活動を続けました。演奏会途中に心臓発作で倒れ、その7日後に帰らぬ人となったのは、1969年7月のこと。
スイスでは教育者としても活動し、同地に亡命して来たルーマニア出身のピアニスト ディヌ・リパッティとも交流しております。その様子は、例えば、畠山陸雄著『ディヌ・リパッティ 伝説のピアニスト − 夭逝の生涯と音楽』(リンク先で、この書籍の詳細・リパッティのおすすめCDについて綴っております)に伺うことができます。
バックハウスと言えば、ベーゼンドルファーを愛用したこともよく言及される事柄の一つ。
ついでながら、「バックハウスは晩年はモーツァルトの曲を好んで取り上げた」という定説がありますが、1931年(昭和六年)にヴァイオリニスト ジョゼフ・シゲティ(リンク先でシゲティの略歴・おすすめCDなどご紹介しております)が来日公演したヨーゼフ・シゲティは、東京朝日新聞のインタビューに答える中で、ギーゼキングやカペー弦楽四重奏団と並べて、バックハウスをモーツァルトの名演奏者として挙げて居ります。バックハウスが50歳になる前から既に、モーツァルト弾きとしての評価が高かったと考えられる発言です。細かにコンサートの演奏曲目を追って、数字で確かめないと判らないことですが、流通する定説にちょっと疑問をもつのも良いという一例かと思います。
バックハウスの録音の大半は、ユニヴァーサル・レコードのDeccaから出ています。モーツァルト、ベートーヴェンやブラームスなどのドイツ古典派からロマン派の曲を得意としました。どれも名盤として定評があるものですが、昨今の傾向で、曲の組み換えによる再発売が多いので、購入の際は一番最近のリリースのものかどうか確認されると良いと思います。
特にベートーヴェンのエキスパートとして知られ、そのソナタ全集など特にいまもって賞賛の声が高いもの。やはり、最初はベートーヴェンのソナタ全集がお薦めでしょうか?最近は、セットものも大変安くなりました。「三大ソナタ」ばかり有名ですが、他にも良い曲がたくさんありますので、バックハウスを聴き始めるというだけでなく、クラシック音楽を聴くにあたっても、ベートーヴェンの全ソナタを聴くことは、いろいろな発見につながると思います。
DVDでは、近年、クナッパーツブッシュと共演したものも発売されて居り、共にお互いのスタイルを譲らない、思わず苦笑させられる名演・迷演です。
Decca & Philips Worldwide:
経歴などの紹介は少ないですが、デッカ輸入盤の最新情報などはここで判ります。
NAXOSのwebsite:
バックハウスの情報はちまたに意外と少ないのですが、こちらの頁の経歴が一番充実しているようです。
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