引き続いて、ルキノ・ヴィスコンティ監督の名作からご紹介。今週は『ベニスに死す』を取り上げます。先週の『山猫』同様、久方ぶりに見直しましたが、やはり素晴らしい作品でした。
この名画『ベニスに死す』の原作は、トーマス・マンの同名の短編小説。ただし、ヴィスコンティは、原作で作家であった主人公グスタフ・アッシェンバッハを、マーラーをモデルとした作曲家に変更しております。そのせいかどうか、作風も少々変わっているようです。原作は、映画のように耽美的ではなく、少しく皮肉な感もあるように思います。
この映画では、マーラーの交響曲第5番 第四楽章アダージェットが多様され、作品のトーンを決定しておりますが、これは言わずもがなの事柄でしょう。
アダージェットは冒頭の薄暗い画面から使われて、甘美な旋律がゆるやかに流れていくに従い、だんだんと夜明けの光が射し、一隻の蒸気船がヴェネツィアに向かっていると知れます。
その船に乗る初老の音楽家が、ダーク・ボガート扮する音楽家アッシェンバッハ。
彼がヴェネツィアに着くまでのものの数分の間に、見ている我々も音と映像の力によって、この作品の世界に取り込まれてしまう見事なシークエンスです。
娘を病で失い、自らの作曲は世間の厳しい批判に遭い、それらの心労がたたってか、アッシェンバッハは静養が必要な体となっています。ミュンヘンの住いを離れ、ヴェネツィアを訪れたのも転地療養が為。
そんな行き詰まりの彼の目に留まったのは、同じホテルに逗留するポーランド貴族の一家のタッジオという名の少年（青年？）でした。このタッジオを演じたビョルン・アンデルセンが話中の設定に違わず、不思議な美しさを放っています。
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この作品については、”芸術家が意志の力で美を作れるのか”といった芸術論が語られます。タッジオに、アッシェンバッハが見て取るのも、自分には到底作り得ない天性の美。
アッシェンバッハの回想シーンで、シェーンベルクとおぼしき友人と、そういった芸術論を激しくやり取りしますが、この激論が、「愛だ！」「真実だ！」と、あまりに抽象的な議論でもあって、芸術論云々よりも、滅び行くしかない文明の行き詰まりを思わせます。
こんな話をすると難しい映画と感ぜられますが、私などは一人旅映画として楽しんだ口です。
アッシェンバッハのまわりは、どこを見ても家族連ればかり。彼らをついつい眺めたり、ささいな自分の仕草に妙に意識的になってしまいます。そんな一人旅での手持ち無沙汰が、ヴィスコンティ一流の細かな演出で、この耽美的な作品に、ちょっとした滑稽味を添えています。
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この映画で使われた音楽は、オーケストラで言えば、タイトル・ロールの表示の通り、マーラーの交響曲 第3番と第5番。
その他にも、ピアノで、同じくマーラーの第4番のフレーズがちらっと弾かれたり、タッジオが誰もいないホテルのロビーで、ベートーヴェンの《エリーゼのために》を弾いて遊んだりといったシーンもありました。
本日の推薦盤は、マーラーの交響曲で。
マーラーの交響曲はブームが始まって二十年余。いまでも様々な録音が出続けておりまして、選択はなかなか難しいものです。私の好みで言うと、定番中の定番ですが、晩年のバーンスタインによるライブ盤とEMIから出されているテンシュテット盤。
映画で流れた3,4,5番だけを揃えても結構な枚数になります。いずれ全て聞くことになろうかと思われますので、全集盤でのご紹介と致します。
Mahler: The Complete Symphonies & Orchestral Songs
Leonard Bernstein(Cond.) / VPO, NPO他
・輸入盤
Mahler: Complete Symphonies
Klaus Tennstedt / London Philharmonic Orchestar他
・輸入盤
感覚的に違いを言えば、バーンスタインの情熱は耽溺的、情緒的・官能的。テンシュテットのそれは、徹頭徹尾シリアスで、激しいものとなるでしょうか。いずれにせよ情熱的で、高揚感溢れる立派な録音です。
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