この監督の名前は『メトロポリス』や『怪人マブゼ博士』でもご存知の方が多いでしょう。表現主義的映像と狂気を描く際の独特の感覚で著名なフリッツ・ラング監督の初のトーキー作品が、今日ご紹介する『M』です。
このMとは、Murderer殺人者のM。
デュッセルドルフの吸血鬼と恐れられていた猟奇的連続殺人者ペーター・キュルテンの事件に着想を得た映画です。昔の映画ですので、残虐なシーンなどないので、ご安心を。
主人公の犯罪者Mを演じるのはピーター・ローレ。非常に存在感があります。
いかにもフリッツ・ラングらしいのは、この作品を単純な勧善懲悪物語にしないところ。Mを追い詰める自警団が、段々とヒステリックになっていくさまが描かれ、この作品の意味合いを豊かにしています。
細部を見ても、セリフに頼らない象徴的な表現、編集の独特なリズムなど、いろいろと感心させられます。幼女に親切に話しかけるMの姿が、影だけで示されることで、不吉な展開が予想され、実際その子が兇行にあったことは、持っていた風船が空に舞うことで判ります。
象徴的表現を巧みに用いながらも、ラングが”象徴”という言葉に違和感を覚えているのは、考えてみるとなかなか興味深いです。とあるインタビューの中で、象徴とはいっても、なにかしら具体性があるのだ!と発言しています。
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ラング初のトーキー作品となれば、どんな曲をどんな形で使っていたのか気になるところ。
Mは始終口笛を吹いていますが、それはグリーグ作曲のペール・ギュントにある《山の魔王の宮殿にて》のメロディ。繰り返し吹くことで、Mが偏執的というイメージが伝わります。この口笛が後々犯人特定の鍵となるのも上手いプロットで、古典的名作と仰がれる一因です。
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現在知られるペール・ギュントは、母国ノルウェーの民話を元にヘンリック・イプセンが作った劇詩です。グリーグが、これに伴奏音楽をつけました。
このストーリーが荒唐無稽で、ペール・ギュントとは主人公の名前です。これが言ってしまえば、大変いい加減な男。
片思いの女の子を結婚式でさらったり、魔王の山に行って散々な目に会ったり、その後は、アフリカに渡ってなんだかんだと大金持ちになれば、その地で娶った妻に全財産を奪われたり。
こんな具合に、場当たり的に浮いたり沈んだりの人生を過ごすのですが、最後は破産の末に帰郷。ずっと自分を想ってくれていた故郷の女性に看取られて、改心の内に息絶えます。
夢を見るのは物語だけにせよという教訓劇にも取れます。男に随分都合の良い話と言われても仕方ないような・・・
さて、推薦盤となりますと、こういった曲で難しいのは、そもそも全体で30曲弱ある劇音楽として作曲されたものの、作曲家自身によって組曲としても編纂されていることです。しかも、市場のCDには、そのそれぞれに全曲盤(Complete)、抜粋盤(Excerpts, Highlightsなど)があって、どれを選ぶかで中身が変わってしまいます。通常は組曲で聴かれることが多いと思いますで、L4Wでは、元々の劇伴音楽を全曲盤でご紹介します。
今現在入手に安いものは二つ。
一つは、ネーメ・ヤルヴィ指揮のもの。ノルウェーのイェテボリ管弦楽団が演奏します。いま一つはギヨーム・トゥルミエール ー という読み方で、良いのでしょうか・・・ ー 指揮。こちらのオーケストラはスイス・ロマンド管弦楽団です。
グリーグ:《ペール・ギュント》全曲&《十字軍王シーグル》全曲
ネーメ・ヤルヴィ指揮/イェテボリ管弦楽団、B.ボニー、M.エクレーブ他
・国内盤
・輸入盤
Grieg: Peer Gynt
Guillaume Tourmiaire(Cond)/Orchestre de la Suisse Romande, Dietrich Henschel, Sophie Koch etc
・輸入盤
劇として全ての音楽を聴くと、確かに少々冗長とも思うものの、ショウピースという感じも薄れて、なかなか面白いところも出てきます。
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