前回記事より間が空きましたが、引き続きロベール・ブレッソン監督作品を取り上げたいと思います。今回ご紹介するのは、1966年の作品『バルタザールどこへ行く』。
ブレッソンの映画であらすじを云々するのもどうかと思いますが、端的に言えば、アンヌ・ヴィアゼムスキー演ずる娘とその父、そして彼女がかわいがるロバが、人々の意識的・無意識的な悪意、そして、社会の構造に翻弄され、半ば必然的に破滅を迎える様子を淡々と描いた作品。
作家ピエール・クロソウスキーも重要な役所で出演しています。
少女の名前がマリアで、ロバの名前は東方三博士の一人バルタザールとなると、キリスト教のもろもろが浮かんできますが、この作品を見るにあたって聖書の知識が必要ということはないと思います。
ブレッソン独特の描き方で、事件はいくつも起こるものの、画面から受ける印象は一定して冷ややかです。演技を排した演出その他ブレッソン作品ならでの特質は、語られる言葉や事件をより強い輪郭で浮かび上がらせ、我々一人一人をより考え、感じさせるように思います。
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この映画で使われたクラシック音楽は、シューベルト晩年の三大ピアノ・ソナタの一つ第20番 D959の第二楽章 Andantino。一度聴くと忘れられないような簡素で寂しげな曲です。
ブレッソンはこれをロバの心情表現として使っており、われわれのロバへの共感を手助けします。こういった手法は、感情的なドラマを排するブレッソンとしてはちょっと意外なもので、特に晩年の作品に親しんでいる方は、そうお思いになるやも知れません。
ブレッソン自身もあるインタビューの中で、『バルタザールどこへ行く』を最後に、映画の中での一般的な音楽の使用法を止めたと語っています。
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シューベルトの録音も多いですが、D959のみというのも惜しい気がしますので、今回は多数のピアノソナタを録音している演奏家で、比較的音質も良いものから、D959に限らずにご紹介しようと思います。
最初に変なことを申しますが、このように様々な録音を紹介する時は一応違いが判るように書くものですが、今回聴き直してみると、勿論、さまざまなアクセント、音量、テンポ他違うところはあるのですが、説得力はどれも十分。シューベルト特有の繊細さもきちんと表現され、構築感もあって、下に挙げる録音の全てが意外なほど面白く聴けました。そういう意味では、どれを手にされても全然悪くないと思います。
さて、ご紹介の一つ目は、ある世代にはシューベルトと言えば・・・という存在のアルフレッド・ブレンデル。1984年から1999年までと録音年は幅がありますが、ライブ録音を自薦した作品集が出ています。
Schubert: Piano Sonatas : D784, 840, 894, 959, 960
Alfred Brendel(Pf)
・輸入盤(2pc)
ブレンデルには70年代、80年代にそれぞれスタジオ録音があって、それらの評判も高いものです。各録音でスタイルも微妙にことなりますが、私自身は最近は上のライブ盤がより親密な感じがしてそれを聴くことが多いです。この頃のブレンデルのコンサートを聴いた記憶でなんとなく懐かしいだけかも知れませんが、、、
ブレンデルの演奏もエスプレシーヴォに丁寧に弾いているのですが、よく聴くと微妙なテンポの揺れ動きがあって、独特の陰影を与えています。
Schubert: The Last Three Piano Sonatas
Alfred Brendel(Pf)
・80年代のスタジオ録音輸入盤(2pc)
もう少し若手といても、とっくに青年の時期は過ぎていますが、ハンガリー出身のアンドラーシュ・シフも素晴らしい録音を出しています。21曲の全ピアノ・ソナタ全てを収めた全集があり − 勿論、欠番のものはありませんし、未完成のものは未完成のまま。
正確に言うと、D.157, 279, 537, 557, 566, 568, 571, 575, 625, 664, 784, 840, 845,op.42, 850,op.53, 894,op.78, 958, 959, 960にD.459(5つのピアノ小品)の全19曲が収められています。
「全集はちょっと」という方にも後期三大ソナタと即興曲D899を収めたものが手に入ります。
シフの録音は激しさと静謐さのふり幅が比較的大きいと言えるかしら?それも曲ごとに見て行けば、まろやかに収めているものもあり、峻厳で重い表現が際立つものもあり、単純にシフはやわらかだとか、重いだとかと言えるものでもないようです。
シューベルト : ピアノ・ソナタ全集
アンドラーシュ・シフ(Pf)
・国内盤 ピアノ・ソナタ全集(7pc)
・輸入盤 後期ピアノ・ソナタD958-969&即興曲D899(2pc)
比較的最近手に入れたもので面白かったのが、ドビュッシーのピアノ曲で秀逸な録音を出しているフランスのアラン・プラネスの録音。ところどころで通常の演奏と違えて、音をとぎれとぎれに弾いたり、ペダルを控えめにしてみたりと細かい工夫が面白いです。こうは言っても、全体として奇矯な演奏ではなく、いわゆるシューベルトらしさを逃していることはないと思います。過去の名盤を聴いた方でも十分楽しめるものではないでしょうか?
8枚組で、収録曲はピアノ・ソナタは12曲 D537, 568, 575, 625, 664, 784, 840, 850, 894, 958-960に、《さすらい人》幻想曲、四つの即興曲 D899&935、《楽興の時》その他。マーケットプレイスでは安価なところも魅力的です。
Schubert : The Great Piano Sonatas
Alain Planès(Pf)
・輸入盤(8pc)
最後の二つは往年の大家 − クラウディオ・アラウとヴィルヘルム・ケンプ− のものから!
アラウのBoxセットは、ピアノ・ソナタ5曲 D664, 894, 958-960の他に、《さすらい人》幻想曲、四つの即興曲 D899&935、《楽興の時》その他を収めた7枚組。ケースには6CDとありますがボーナスCDがついています。
比較的遅いテンポゆえ、重いという方もあるようです。確かにいかにも老大家という演奏ですが、全体的な構築感、細部のさまざまな工夫はやっぱり面白いもの。激しい部分は叩くような激しさでなく、和声が充実した重厚な音が迫って来て、やさしい部分は遅いテンポのせいか実に切々と訴えてきます。
Claudio Arrau Performs Schubert
Claudio Arrau(Pf)
・輸入盤(7pc)
ヴィルヘルム・ケンプの録音も名盤として長らく有名なものですが、これが大変安価なBox setで再発売されていて、嬉しい限りです。ピアノ・ソナタ17曲 D157, 279, 537, 557, 566, 568, 575, 625, 664, 784, 840, 845, 850, 894, 958-960と五つのピアノ曲 D459の全18曲を収録した7枚組。
Schubert: The Piano Sonatas
Wilhelm Kempff(Pf)
・輸入盤(7pc)
ケンプならではの柔らかな音が曲の冒頭から惹き付けます。本日ご紹介した中では、軽やかさに於いて最も傑出していて、それが故、重厚な響き、深刻さ、荘重さに物足りなさを感じる方もいるかも知れません。これについては、ライナーノーツにケンプ自身が美しい言葉で、自らのシューベルト観を述べて居ります。
「シューベルトが魔法の竪琴を奏でる時、あたかも、音の海原を漂って、あらゆる物質的なものから自由になったかのように感じはしないだろうか?」
随分長くなりましたが、拙稿がお役に立てば幸いです。
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