今週ご紹介する映画はロベール・ブレッソン監督の『ラルジャン』です。この監督は早い時期からプロの俳優を使わないという変わった方針を取っていて、いわゆる「演技」を排除した演出をします。音楽の使い方も独特で、ムードを作るようなBGMの使用もある時期からすっかり止めています。普通の映画と思ってみると「なんだ?」とびっくりするかも知れませんが、それ故に物音が艶かしかったり、劇中のセリフに考えさせることが増えたりといったユニークさが感じられることでしょう。
人によっては好き嫌いがあるかも知れませんが、この『ラルジャン』はブレッソンの最後の作品で、ストーリー自体には起伏も多くて割と見やすいものかと思います。
ラルジャンはフランス語で、l’argentと綴りますが、お金という意味です。
トルストイの中編小説を読んでブレッソンは即座に映画化を考えたそうです。これに関して、「恐ろしい大惨事に至る連鎖反応についての映画を作りたいという私の願望に一致していたのです」との発言がありますが、映画のストーリーはまったくその通りです。少年らが半ばイタズラ心に作った偽札が、偶然それを手にしてしまった主人公の燃料配達員イヴォンの容疑となってから、彼の人生はどんどんと暗転して行きます。
イヴォンは人の悪意や裏切りに苦しみますが、具体的には常に金が引き金となっていることから、監督がラルジャンというタイトルをつけたこともうなづけます。
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この映画で流れたクラシック音楽は一曲のみ。バッハの半音階的幻想曲とフーガ ニ短調 BWV903aです。いかにも幻想曲といった雰囲気で、バッハならではの左右の旋律の掛け合いが面白い曲です。
といいましても、冒頭に記した通りいわゆるBGMではありません。出獄したイヴォンが無理矢理に居候した先の老人が練習していた曲として出てくるだけです。
映画というものは、平穏な場面が続けばそれがなおさらその後の嵐を予感させることがありますが、ブレッソンはここでその後の不幸な展開を案じさせない為か、この場面に「感傷的な音楽は必要ない」と考えていたそうです。しかし、DVD付属の冊子に載っていたインタビューでは、「バッハはまったくそうではないのに、あれはあまりに感傷的でした。私は少しだけ間違っていた・・・。」と発言しています。
私は見ていて、単に練習したのがその曲だったと感じただけですが、ご覧になった方々はどう感じたことでしょう。
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では、バッハの半音階的幻想曲とフーガ ニ短調 BWV903aの名盤紹介と参りましょう!この曲は結構面白く聴けるものがたくさんあります。
まずはご存知の方も多いと思いますが、アルフレッド・ブレンデルの名録音。これはイタリア協奏曲や、タルコフスキーの『惑星ソラリス』にも使われたBWV659のコラール・プレリュードなどバッハの曲をさまざまに集めたもの。ここでのブレンデルは、いつもの多彩なアイディアと曲調がマッチしているのか、じっくりも聴ければ、気楽に聴くことも可能です。いろいろな音色の変化が楽しく、弾き方を変えているのが目に浮かぶようで見事です。
J.S. Bach: Italian Concerto BWV 971; Chromatic Fantasia and Fugue BWV 90
Alfred Brendel(Pf)
・輸入盤
次は、園田高弘の70歳記念リサイタルに入っているもの。園田さんの演奏は、音が重厚で、なんというか渋いので、ぱっと聴くと通り過ぎてしまうかもしれませんが、すごく面白い演奏です。ブレンデルよりはもっと19世紀的にロマンティックに弾いています。和声感もしっかり伝わり、細かいところのアーティキュレーションがまたアイディア豊富で素晴らしいです。この曲を最初に買うとすれば、園田さんか、ブレンデルを私ならお奨めします。
園田高弘 70歳記念リサイタル
園田高弘(Pf)
・国内盤
なお、この70歳記念アルバムには、他にシューマンの『交響的練習曲』やベルクのピアノソナタ Op.1ほかが入っていますが、どれも素晴らしいです。
ルドルフ・ゼルキンのバッハ録音集は多彩な面白さというものではないのですが、ちょっと聴けばなんということもないながら、いきいきとした音楽が自然に流れるのはいかにもゼルキンらしいと感じさせる一枚。イタリア協奏曲、BWV992の奇想曲、カザルス指揮マルボロ管弦楽団とのブランデンブルク協奏曲第5番 BWV1050(これがまた溌剌としたいい演奏!)などとのカップリングです。
Bach: Chromatic Fantasy; Italian Concerto; Goldberg Variations
Rudolf Serkin(Pf), Pablo Casals(Vc), Alexander Schneider(Vn), Marlboro Festival Orchestra
・輸入盤
チェンバロ(ハープシコード)での演奏では、ヘルムート・ヴァルヒャ(Helmut Walcha)やカール・リヒター(Karl Richter)の名盤がいまは手にはいりにくいようです。バッハのチェンバロでの演奏を復活させたと言われるワンダ・ランドフスカの録音で代表致します。
Bach: Goldberg Variations; Chromatic Fantasia &Fugue; Italian Concerto
Wanda Landowska(Harpsichord)
・輸入盤
バッハと言えば忘れてはいけないグレン・グールドにもこの曲の幻想曲のみの録音があります!このCD、既に持ってる録音も多いので、買わずにすませていましたが不覚でした。聴いてないので中身については書けませんが、グールドだとどんな演奏なんだろうと想像しているだけでわくわくします。
未完のイタリアン・アルバム
グレン・グールド(Pf)
・国内盤
・輸入盤
本日、最後の一枚はブレンデルも師事した(正確にはマスターコースに何度か参加したと言うべきでしょう・・・)エドウィン・フィッシャーによる素晴らしい演奏!フィッシャー独特の幻想的で深く広い世界が見事です。聴いてみると、ロマン派による装飾過剰なバッハなどということはなくって、左右の旋律の交差などそれだけでも楽しく聴けます。最初の数小節ですっかり惹かれてしまいます。
Edwin Fischer, Piano
Edwin Fischer(Pf), Edwin Fischer Chamber Orchestra, Wien Philharmoniker他
・輸入盤
4枚組のセットで、柔らかいタッチの底に精神的な強さといったものが感じられるようなシューベルト、雄大なべートーヴェンのピアノソナタ、模範といいたくなる軽やかなモーツァルトの協奏曲などさまざまな曲があるので、エドウィン・フィッシャーの入門としてもうってつけです。
古い録音の音質が苦手という方もいらっしゃるかも知れませんが、聴かずに済ますのは何とも惜しいことだと思います。慣れの問題もあるでしょうから、宜しければぜひ古い録音も試してみてください!
リンク先に詳細のトラック情報がないので、こちらに記載しておきます。
Andanteレーベル 《Edwin Fisher, Piano》
- George Frideric Handel:Chaconne for harpsichord in G major (Suite No 2 of the 2nd set of Harpsichord suites), HWV 435
- Johann Sebastian Bach:Chromatic Fantasia and Fugue, for keyboard in D minor, BWV 903 (BC L34)
- Johann Sebastian Bach:Concerto for harpsichord, strings & continuo No. 1 in D minor, BWV 1052
with Edwin Fischer Chamber Orchestra - Johann Sebastian Bach:Concerto for solo keyboard No. 3 in D minor (after Alessandro Marcello), BWV 974 (BC L194) II. Adagio
- Evaristo Dall’Abaco:Concerto a quattro da chiesa No. 9 in B flat major, Op. 2/9
with Edwin Fischer Chamber Orchestra - Johann Sebastian Bach:Concerto for 3 harpsichords, strings & continuo in C major, BWV 1064
with London Philharmonia Orchestra - Johann Sebastian Bach:Fantasia and Fugue, for keyboard in C minor (fugue incomplete), BWV 906 (BC L133, 138)
- Franz Joseph Haydn:Keyboard Concerto in D major, H. 18/11
with Vienna Philharmonic Orchestra - Wolfgang Amadeus Mozart:Piano Sonata No. 11 in A major ("Alla Turca") K. 331 (K. 300i)
- Wolfgang Amadeus Mozart:Movement for violin & piano (or piano solo) in C minor (fragment), K. 396 (K. 385f)
- Wolfgang Amadeus Mozart:Piano Concerto No. 24 in C minor, K. 49
with London Philharmonic Orchestra - Wolfgang Amadeus Mozart:Minuet for piano in G major, K. 1 (K. 1e)
- Ludwig van Beethoven:Piano Sonata No. 23 in F minor ("Appassionata"), Op. 57
- Johannes Brahms:Piano Sonata No. 3 in F minor, Op. 5
- Johannes Brahms:Rhapsody for piano in G minor, Op. 79/2
- Johannes Brahms:Ballade for piano in G minor, Op. 118/3
- Ludwig van Beethoven:Fugue for string quartet in B flat major ("Grosse Fuge"), Op. 133
with Edwin Fischer Chamber Orchestra - Franz Schubert:Fantasia for piano in C major ("Wanderer"), D. 760 (Op. 15)
- Franz Schubert:Impromptus (4) for piano, D. 899 (Op. 90)
- Franz Schubert:Impromptus (4) for piano, D. 935 (Op. posth. 142)
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