今回は、音楽史の岡田 暁生著『西洋音楽史 ―「クラシック」の黄昏』のご紹介。この著作、現時点(2008年末)で初版から3年が経って、第12版と回転もはやく、ご存知の方も多いかと存じます。
クラシックはあまり聴かない・・・という方も、これを読めば、クラシック音楽を随分身近に感じるのではないでしょうか?新書なので安価でもありますし、未読でしたら、ぜひ!という著作の一つです。
端的におすすめのポイントを挙げますと、
- 何と言っても読みやすい。音楽の専門的知識がない(私のような)一般読者をよく考慮しながら、おざなりですませようということもなし。新書だからと侮れません。
- 中世から現代まで、著者の視点で大きな流れ・変化を捉えます。敢えて話を絞り、時には極論も敢えて提出することで、読者を啓発すること多々。受け継がれた流れ、断絶と見える変化のどちらにも偏ることもないバランス感覚は、なかなかめずらしいものでは?
- 特に中世から古典派初期までの話が、いまだ一般的には常識ではないので有り難いもの。やはり、われわれの大半は19Cロマン派に愛着があるものですが、過去には違う音楽の姿があったのだ、、、と興味が広がります。全体的に19Cロマン派的ものの見方に一石を投じますが、これも一般書籍ではめずらしい姿勢。
といったところ。
著者は、まえがきで想いを熱く語っており、本書の説明としても素晴らしいものです。幾つか部分を引用します。
単に音楽史上の重要な人物名や作品や用語などを、時代順に洩れなく列挙したりすることは、私の意図するところではない。この本の主役は、西洋音楽の「歴史」であって、個々の作曲家や作品ではない。ごく一般的な読者を想定して、可能な限り一気に読み通せる音楽史を目指し、専門用語などの細部には極力立ち入らない。そして何より、中世から現代に至る歴史を、「私」という一人称で語ることを恐れない(多くの音楽史の本は、「正しいこと」を「客観的に」語ろうとするあまり、結局ストーリーとしての推進力を失っているように、私には思える。)。
すでに「古楽」/「クラシック」/「現代音楽(欧米では新音楽というが)」という時代区分が、音楽史への私たちの眼差しの遠近感を、暗黙のうちに語っている。つまり「古楽」および「現代音楽」は「古い/新しい」という時間軸のカテゴリーであるのに対して、「クラシック」にはこうした歴史性の含蓄は含まれていないのである。ドレミの音階や「ドミソ」とか「シレソ」の和音といった音システム、ヴァイオリンやフルートや鍵盤楽器といった楽器、演奏会や楽譜出版という制度など、今日における音楽のありようのほとんどは、十八世紀から二〇世紀にかけてのクラシックの時代に形成された。(中略)
私は「クラシックの時代」を語る場合にはその歴史化を、逆に「古楽/現代音楽の時代」を語る場合にはそのアクチュアル化をはかりたいと思う。
ただ一つ、本書を通して私が読者に伝えたいと思うのは、音楽を歴史的に聴く楽しみである。「クラシック音楽」の世界とは、「自分が好きな曲」「感動した曲」「よく分からない曲」「聴いてみたい曲」「あまり興味のない曲」などが、単にヴァイキング形式のレストランよろしくずらりと並べられている非歴史的な空間などではない。「このような音楽はどこから生まれてきたのか」「それはいったいどんな問題を提起していたのか」、「こういう音楽を生み出した時代は、歴史の中のどの地点にあるのか」、「そこから何が生じてきたのか」。こういうことを考えることで、音楽を聴く歓びのまったく新しい次元が生まれてくる。そのことを伝えたいのである。
上の引用を、ちょっと難しく感じることもあるかも知れません。でも、本書を読み通した際には、著者がどんな考え方に誘っていたのかは、はっきりすることと思います。私など、いろいろやみくもに聴いた上で長年疑問に思っていたことが、いくつも解消され、有り難いものでした。
西洋音楽も長い時代に亘るもので、どこから何をどう聴いて良いか考えてしまうもの。本書を頼りに順に聴いていくのも活用法の一つでしょう。・・・といっても、著者の枠組みをあまり絶対視してしまっては、それはそれで問題やも知れません。。。
歴史的な研究は、時代が変われば新資料・新解釈が出るのが常。この本を基に名曲探しをする場合も、著者の言うことも参考にしながら、自分の内なる欲求・感性を大事にしながら、たまにはまわり道をしたり、違う感想を持ったり、といった風に、のんびりクラシックとつきあうのがいいのかなと思います。
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さて、折角ですから、本書が一般に広く喧伝する古典派以前の名曲からいくつか名盤をご紹介!
◎グレゴリオ聖歌の名盤
まずは我々が今も耳に出来る最古の西欧音楽であり、著者もこれを西洋音楽史のスタート地点と位置づけるグレゴリオ聖歌。冒頭のYouTube画像は現在それが歌われているミサを撮った投稿映像です。一時かなり流行したので、ご存知の方も多いでしょう。
いまはグレゴリオ聖歌の録音もさまざまに増えましたが、売れ筋はシロス修道院合唱団 グレゴリアン・チャント・ベストやサン・ピエール・ド・ソレーム修道院聖歌隊 グレゴリオ聖歌など。
私も門外漢で、こだわらずにどれを聴いても、「グレゴリオ聖歌だな、、、」と思う程度であります。岡田氏の著作の中では、グレゴリオ聖歌に装飾をつけたり、他のメロディを重ねるといった形で、西洋音楽が発展した様子が描かれています。
◎モンテヴェルディ:歌劇『オルフェオ』の名演DVD
次は、一気に飛んで後期ルネサンス(ちょっと飛び過ぎですが、、、)、イタリアはヴェネツィア派のクラウディオ・モンテヴェルディ。
岡田氏によれは、モンテヴェルディの信条は、「(従来の音楽では、)歌詞内容よりも音楽の響きの美しさや調和が優先される。それに対して自分は、言葉が音楽を支配するような音楽を書くのだ。(中略)つまり歌詞内容のドラマティックな表現のためなら、どれほど型破りな不協和音を使っても構わない」というものだったそうです。
なんだか、ベートーヴェンの言葉も思い出します、、、
どの曲にするか迷いますが、オペラの舞台のDVDがなかなか面白く、初めてこういうものを楽しんで印象的だった、歌劇《オルフェオ》で!
これはスペイン出身のジョルディ・サヴァール指揮の2002年バルセロナ リセウ劇場の公演。英語字幕のみですが、リージョン・フリーで安価なDVDです。当時の劇場を再現してみようという意気込みに溢れたもので、見ていてタイムスリップしたかのように感じます。音楽も軽やかで楽しいもの。
これを見ると、モンテヴェルディおよびサヴァールのファンになってしまうのでは?
もう一つは、この曲の復興の立役者でもあるアーノンクール指揮 モンテヴェルディ:歌劇《オルフェオ》(国内盤)。こちらはこちらで、劇的で、美しいです。
国内盤は、まだちょっと高いので、英語字幕でかまわなければ、輸入盤モンテヴェルディ歌劇三作品のセット、ないしは、輸入盤オルフェオの単品もあります。リンク先アマゾンの記述は、リージョン1となっておりますが、実際はリージョン・フリーなので、この点もご心配なく。
モンテヴェルディに関して、その残された楽譜は、いわば骨格だけだったりとさまざま問題があるそうですが、それが原因なのか、この二つのDVDでスタイルにこれだけ差があるのは実に面白いことです。
◎バッハ:マタイ受難曲の名盤
最後は、バッハのマタイ受難曲。
これはカール・リヒター指揮のミュンヘン・バッハ合唱団&管弦楽団の峻厳で力強い演奏と、古楽派の全般的には透明な美しさをもった演奏の双方を聴いてみると、発見もさまざまあって面白いかと思います。
この曲になると、録音もいくつもあって、それどころか、同じ演奏者の撮り直しも幾つもあります。つまり、どれを聴いたら、、、と迷う状態。
私自身到底すべてを聴いたなどと言えませんが、それでも、日本の名団体、鈴木雅明率いるバッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)の録音はおすすめの筆頭にもってくるにふさわしい素晴らしいものと感じております。
カウンターテナーの声と楽団の軽やかな音楽が、見事にマッチしていて、静謐な場面など、思わず息をのむような素晴らしさ。
上のリヒターと共に国内盤でリリースされており、ちゃんと対訳パンフレットがついているのもおすすめしやすい点です。
鈴木雅明氏とバッハ・コレギウム・ジャパンは、海外での遠征公演も多いのですが、勿論、国内でもたくさんの公演を開いています。録音だけでなく実演で楽しめるのも嬉しいことです。実演の響きを聴くと、また新たな感動・感想を持つことも多いもので、録音だけでなく公演もぜひ!とおすすめ致します。
その他、輸入盤に目を向ければ(冊子も、英語で読めれば問題なしです)、アーノンクールの三度目の録音やヘレヴェッヘの二度目の録音等々、、、立派な録音は実に多数。これらについては、「最新録音でなく、一度目が良い」等々、いろいろな声もあるものです。
敢えて、差を付ければ、鈴木雅明とBCJは典雅で時に悲しみを帯びる響き、アーノンクールは明確で劇的。ヘレヴェッへは軽やかながらもヒューマンな、、、となりましょうか。しかし、なにぶん合唱曲ですから、オーケストラの音や場面場面の歌手の声によって、感じるものは人それぞれ随分変わると思います。なんといっても名曲ですし、それぞれ十二分な検討を加えてことに当たる演奏家の録音です。それこそ気に入ったジャケットの柄で選んだり、価格に相談して、「えいやっ!」と決めてしまっても良いと思います。
以上、ちょっとした古典派以前のおすすめ名曲・名盤選でした。
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弊サイト Look4Wieck.comのTop頁の検索機能に、Amazon.co.jpでの検索を便利にする検索用語リストがついております。最近、これを改良の上、
- 古典派以前の作曲家を中心に拡充
- 特に中世・ルネッサンス期の音楽CDを探す便宜を考えて、音楽史関連のキーワードを新設
- 演奏者もいわゆる古楽系の演奏者を中心に大幅拡充
を施したところです。
いつも小生が記事にしている名曲・名盤選は、膨大な音源を考慮すれば、私がたまたま聴いたほんのわずかなものから選択されたもの。私のおすすめは、「迷っていたら、どうですか」といった程度のものですから、上述の検索機能を使って自由に・便利に・ちょっとどん欲に探し物をしていただければ幸いです。
なお、「協奏曲」という言葉を英語やドイツ語で打ち込む必要がある時、綴りに迷うものですが、弊サイトでご用意した音楽用語キーワード集がお役に立つと存じます。順次キーワードの再検討や拡充を続けております。末永くご愛用いただければ、幸いです。
では、今回はこの辺で!
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