戦後すぐに招かれて米国に渡り、1954年には日本で初めてフィールズ賞を受賞した小平邦彦。
数学者というと縁遠く感じる方もあるかもしれませんが、3、40代の方でしたら、中学・高校の数学の教科書にその名前があったことを思い出されるかも知れません。
実は、この教科書が日本では手に入らないものの、アメリカで専門家に評価されて、翻訳までされているというのは、ちょっと奇妙な感じもいたします。
さて、その小平氏。音楽に造詣が深く、自らピアノを嗜んでいらっしゃいました。
『怠け数学者の記』*1では、科学一般を語りながら、さりげなく音楽の話が出てきたり、プリンストン研究所在籍当時の私信にも、指揮者ミトロプーロスやピアニストのモイセイヴィチのコンサートに行った感想が書かれています。
ピアノの腕前は、かなりのものではないでしょうか?
自叙伝『ボクは算数しか出来なかった』には、ミヨーの連弾曲スカラムッシュを難しいところを簡略化しながらも、初見で弾いた話が出てきます。
上述のミトロプーロス指揮のコンサートでは、演奏されたハチャトゥリアンのピアノ協奏曲が気に入って、家に帰って弾いてみたそうです。
「とても難しくてどうもなりませんでした」とセイ子夫人に書き送っていますが、帰り道に楽譜を買ったわけでもないでしょうし、記憶でたどろうとしたのでしょうか?
いずれにせよ、弾いてみようと思うほどの腕なら、ちょっとかじった程度の腕前ではないでしょう。
その半月ほど後には、同じく夫人宛の手紙に、冒頭のテーマを示して曰く、「このコンチェルトが仲々面白いので感心しました。もっともセイ子は余り好かないかも知れないけれど(少々騒がしい音楽だから)」とも。
どんな曲かご興味を持った方は、Video制作会社 VaiがYouTubeに挙げたプロモーション映像がありますので、どうぞ!(但し、第三楽章です)
http://jp.youtube.com/watch?v=6WeX3Cv99GA
ご夫人はヴァイオリンを弾き、後、渡米してからは、地元の市民オーケストラのメンバーになられたそうです。
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さて本日のCDの名盤ご紹介は、そのハチャトゥリアンのピアノ協奏曲で。
小平の渡米より少し前の1946年の録音ですが、ウィリアム・カペルの見事な演奏が遺されています。伴奏は、セルゲイ・クーセヴィツキーとボストンSO。
Khachaturian: Concerto; Prokofiev: Concerto No. 3
William Kapell(Pf), S.Koussevitzky(Cond)/Boston Symphony Orchestra他
・輸入盤
併収のプロコフィエフのピアノ協奏曲第3番は、アンタル・ドラティ指揮/ダラスSOが伴奏。こちらも、目が覚めるようなテクニックが楽しめます。
ウィリアム・カペルは、1922年ニュー・ヨーク生まれのピアニスト。1953年に30そこそこの若さで飛行機事故に遭難。
その不運から、世界的名声を得るには至らなかったのですが、批評家ハロルド・ショーンバーグなどは、その著書 The Great Pianistsの中で、戦後に活躍した”すべて”のアメリカ出身のピアニストで、もっとも嘱望されていたのが、カペルだったと最大級の賛辞を贈っています。
近ごろ人気のラフマニノフのピアノ協奏曲第2番にも素晴らしい録音があります。真摯で、時折、はっとさせられるほど優しく、情熱的な名演。
Rachmaninoff: Concerto No. 2; Rhapsody on a Theme of Paganini他
William Kapell(Pf), William Steinberg(Cond)/Robin Hood Dell Orchestra他
・輸入盤
語りかけるようなショパンのマズルカ、中々CDも少ないブラームスのヴィオラ・ソナタ(第一番のみ。ヴィオラ独奏は、ウィリアム・プリムローズ)なども出ています。
これら単売のCDをまとめた、8枚組みのBoxセットもありますので、そちらもぜひお確かめください。
William Kapell Eition (Box Set)
William Kapell(Pf), S.Koussevitzky(Cond),
William Steinberg(Cond), Fritz Reiner(Cond)他
・輸入盤
*1 『怠け数学者の記』には初等教育はいかにあるべきかを問うエッセイ、論文も収録されています。大変、示唆に富んだ考察と思います。